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コルホーン (USS Colhoun, DD-85/APD-2) は、アメリカ海軍の駆逐艦。ウィックス級駆逐艦の1隻。艦名はエドマンド・コルホーン海軍少将に因む。 ==艦歴== コルホーンは1917年9月19日にマサチューセッツ州クインシーのフォアリバー造船所で起工する。1918年2月21日にA・コルホーン夫人によって命名、進水し、1918年6月13日に艦長B・B・ワイガント中佐の指揮下就役、大西洋艦隊に配属される。 1918年6月30日から9月14日までコルホーンはニューヨークとヨーロッパ間の船団護衛を担当した。11月10日にニューロンドンに到着、開発中の聴音装置の実験に参加した。1919年1月1日にコルホーンは、ファイヤーアイランドで編成された北太平洋輸送船団を支援するため急行し、ニュージャージー州ホーボーケンに向かう194名の兵士を輸送した。 カリブ海および東海岸沖での活動後、コルホーンはフィラデルフィア海軍工廠で1919年12月1日に限定就役状態に置かれる。ノーフォーク海軍工廠でのオーバーホールおよびサウスカロライナ州チャールストンでの予備役期間を終え、フィラデルフィアに戻ると1922年6月28日に退役した。 1940年6月5日にノーフォーク海軍工廠まで牽引され、コルホーンは高速輸送艦への改修が行われた。作業が完了すると1940年12月11日に APD-2 として再就役する。コルホーンはノーフォークとカリブ海の間で訓練を行い、その後ニューカレドニアのヌメアへ向けて出航、1942年7月21日に到着した。 コルホーンは第1強襲海兵大隊を乗せ、8月7日に行われたガダルカナル島への強襲揚陸の第一陣に参加した。その後も侵攻作戦において輸送および対潜哨戒に従事した。 1942年8月30日、ガダルカナル島沖を巡行中の14:00にコルホーンは日本軍機の攻撃を受ける。最初の攻撃で艦の救命ボートおよびボートダビッドが破壊され、ボートのディーゼルエンジンから火災が生じた。第2の攻撃で右舷への直撃弾を受け、フォアマストが倒れ20mm砲2門および4インチ砲1門が破壊され機関室にも損傷を受けた。もう2発の直撃弾により、後部デッキハウスの兵員が全て死亡した。ガダルカナル島から来た上陸用舟艇が乗組員を救助し、コルホーンはの海域で沈没した。この戦闘で51名が死亡し、18名が負傷した。 コルホーンは第二次世界大戦の戦功で1個の従軍星章を受章した。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「コルホーン (DD-85)」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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